404号室


仕事で遅くなった帰り道、せめてもの詫びにと、コンビニでプリンを買って帰ることにした。深夜に差し掛かった時間に大の大人がプリンを買うことについて、レジを打つ店員が俺に対してどのような印象を持つのかは余り想像したくないが、必要悪なのでしょうがない。

なにせ奴の機嫌を損ねると、一晩中水道からたれる水滴の音を聞き続けたり、一晩中点滅する蛍光灯の下で寝なきゃならなかったりする事態になる。そんな夜は御免だ。しっかしとした睡眠の下に人間の生活は成り立っているのだ。そのことを奴は理解していない。

……いや、理解しているから邪魔をするのか。

とにかく、このプリンという生贄を持って奴の怒りを鎮め、安眠を取ることが本日最後の仕事となる。失敗するとふらふらの頭で朝を迎えることになり、健康的にも精神的にも大変よろしくない。さて結果やいかに。運を天に任せるべく、俺は鍵をドアノブへ差し込んだ。


「ただいま」
まっくらの部屋に向かって帰宅を告げる。もちろん一人暮らしなので何の反応もない。もう寝たか、あるいは出ていったか? いや、そもそも奴が住人なのだから出ていくということはないだろう。そんなことを考えている間に、玄関と部屋の明かりがパッと点く。起きて(?)いたらしい。


「なんだ、先に寝ててもよかったのに。そんなに俺が待ち遠しかったか?」
途端、万年床の枕が音もなくこちらに向かって飛んでくる。当たる前にキャッチし、そのまま部屋まで持っていく。

枕を元の位置に戻し、さっそくお怒りを鎮めるためのプリンを取り出す。「ほれ、お留守番のご褒美を持ってきたぞ」それをテーブルの上に置くと、すぐに台所からカタカタと何かが震えてる音がしてきた。ほっとくといつまでもうるさくてかなわないので、さっそく台所から震えるスプーンをテーブルまで運び出す。使った様子はないのになんでこれが必要なんだか。


万年床の上に腰を落ち着け、テレビの電源を入れたところで本棚からボロボロの漫画が一つ落ち、パラララと勝手にページがめくれていく。見慣れたページが開かれたことを確認して、「ん」とだけ返しておいた。


せめてこいつも、この漫画の中の少女くらい淑やかならもっと落ち着いた生活が送れるんだがなあ。本を戻したことないし。「おかえりなさい」のふきだしの点いた少女の笑顔を見ながら、コーヒーでも淹れようと立ち上がった。ふと視線を向けたテーブルの上のプリンは、蓋も開けずにいつの間にか空になっていた。