メタルサーガSS 流されて入浴

「それでしたら、入浴を行ってみてはどうでしょう」
「ニューフォーク?」
「にゅうよくです、マスター」
「……にゅうよく」


ここは地上戦艦ティアマット艦内。
はんたがかつて三人と一匹で旅をしていた頃に倒した、最高賞金首内部の個室だ。
今はバトルジャンキーのはんた、としてこの辺りで名を知らぬものはいない名ハンターの第二の家でもある。
「そのにゅうよくはどういうものなの?」
「水を適度に温め、全身を浸ける行為の事です。大破壊前のニホンという国が発祥とされ、
 発汗作用や血行促進による健康面の維持、及び身体の汚れを落とす事により衛生面での──」
「あー、あのアルファさん。細かい事はわからないから、大まかにだけ言って」
「了解です。大破壊前の人類は湯に体を浸ける事により心身の健康を維持していたと記録されています。
 現代もサルモネラ種は、この風習を大切にしているとの事です」
はんたの側に付き従うのは、ポニーテールと変わったヘアバンドが特徴のちょっと不思議な少女だ。
どのくらい不思議かと言うと、例えば地面に足をつけず浮かんで移動したり、戦闘時に体の内部から
ミサイルを撒き散らしたり、扇風機を見て「……きれい、ですね」と感想を述べたりする所だろうか。
その正体は大破壊前のテクノロジーで作られた、アンドロイドだったりする。


「そういえばサルモネラ本舗が湯に浸かってて、変わったことしてるなーと思ってたけど、
 それをやれば僕のこの鬱屈した気分も一気にパーッと晴れちゃうと?」
「はい。マスターが気分転換にと、ハンター協会から引き受けたドアン・ホーライ間の
 地上ルート確保のための弱小モンスター掃討行為による溜まったストレスという
 バトルジャンキーならではの心的疲労も癒されると予測されます」
「アルファ、遠まわしに僕の事を戦闘バカ呼ばわりしようとしてないかな?」
「マスターの思い過ごしであると認識しますが」
「……そうですか」


本人がそう言っているならこれ以上追求しても無駄だ、とはんたは判断した。


「入浴、か。それじゃせっかくだから、お願いしてもいいかな?」
「了解しました。10分ほどお待ち下さい」
そう言い残して、音もなくアルファは部屋の奥へと向かガラス越しの部屋へと入っていった。
しばらくして聞こえてきた水音をBGMに、はんたはちょっとわくわくしながらデータの整理に入った。
「ここは戦車ジゴクに掘り返されて戦車で通るのは無理、っと……。
 こっちは不発弾が大量にあるためしばらく通行禁止……。
 トレーダーキャンプの位置も報告したほうがいいかな?
 あとこの辺りにはソニックヒマワリの群生地があるから近寄るな、と……
 うー、あー」


煩わしい作業をしているせいで、思考が逃避モードにシフトしていくはんた。
作業スピードが落ち、代わりに独り言が多くなっていく。


「それにしても、さっきアルファが僕に言ったのって、絶対嫌味とか皮肉とか
 そういう類の罵倒だよなあ。人を戦闘しか能がないみたいな言い方するなんて
 ひどいとは思わないのかね。そりゃ確かに最近はストームドラゴンやティアマット
 戦ったときみたいに220mmガイアを気兼ねなくぶっ放したりとか
 CIWSエクスカリバーを二連荘でぶっ放したりとかそういう爆破モノを
 見ることもなく副砲でちまちまどうでもいいのを蹴散らしてるだけで
 つまらないとは思ってるけど、別に主砲を撃つのが生きがいというわけじゃなくてぶつぶつ」


はんたのすごい独り言は止まらない。


「大体だね、人を戦闘バカ一代みたいに言ってる場合じゃないでしょうが君は。
 戦闘モードに入った時のあの肌を露出した衣装はなんなんだ。
 肌というか主にふとももでありますがね、あんた戦闘のたびにそれを見せられる
 青少年の気持ちにもなれってんですよ。一応君も見た目のそれは
 見事な美少女なわけでね、そんな子のふとももさらけ出されちゃ
 こちとら収まるものも収まらないっつうの。
 しかもそのふたつのふとももにちらり目をやればその間には、ああその間には
 禁断の曲線が薄い布一枚を通じて視覚的にビンビンに伝わってきちゃったりして
 にっちもさっちもどうにもベルナールな状況に陥ったりしちゃうわけでさ。
 ええ、わかってんのかよアルファさんよ、清純そうな顔してあんな衣装で
 恥もなく大股開いて戦うなんて世間様ではそれを変た」
「バトルジャンキー様、入浴の準備ができましたが」


「っっっあああアあアルっ、あああるあル、あるアル」
「戦車装備店店員さんの物真似ですか?」
「ああああるふぁさん、いつからそちらに?」
「つい今ですが、何か不都合でも」
「いえ、これといってとくには」
「マスター、心的ショックにより大量の発汗と血圧、心拍数の上昇、及び
 交感神経の極度な緊張などが見られます。深呼吸をするなどして早急に気を落ち着かせてください」
「し、深呼吸ね。よし……」
すー、はー、と大きく息をつくはんた。次第に落ち着く主人を見て、少女はタイミングよく声をかける。
「それで、何をそんなに慌てていらしたのですか」
「ぶえっほっ! げほっげほっ!」
「…………」
「はあはあ、ふう……。ねえアルファさん、今僕が息を吸うタイミングに合わせて質問をしなかった?」
「マスターの思い過ごしであると認識しますが」
「……そうですか」
はんたは追求を諦めた。立場の強弱を考えると、不利なのはこちらに他ならない。
早々に話題を切り替えるべく口を開く。


「そういえば、入浴の準備ができたって?」
「はい。いつでも入浴可能です」
「それじゃ、早速入浴をしてみようかな。お湯の中に入るだけでいいんだよね?」
「それで大丈夫です。ただし、長い間入ると脱水症状を起こす危険性があるため
 長時間の入浴は避けてください。余りに長いようでしたら私がお呼び致します」
「うん、わかった」
脱衣所に向かう途中、はんたはふと思い出したことをアルファに告げる。
「アルファ、ちょっといい?」
「はい、マスター」
「ハンター協会に送るデータ、まだ途中だけどそこまででチェックしておいてくれるかな」
「私が全て仕上げておく事も可能ですが?」
「自分で引き受けた仕事だから、仕上げは自分でしたいんだ」
「了解しました。現在あるまでのデータチェックを行います」
「よろしくね、アルファ」
BSコントローラーに向かったアルファの姿を見て、はんたは脱衣所の戸を閉めた。




「うあー、天国天国」
浴室にはんたの声がこだまする。
楕円形の箱にもうもうと湯気を上げる湯を見て、全身に火傷を負う自分の姿を
想像したはんただったが、実際の温度はそれほど高くなく、浸かってみれば
全身を撫で回されるような快感に包まれ、あっという間に入浴の虜になった。
「なんとも変わった風習だと思ったもんだけど、実際やると
 こりゃ大破壊前の人たちが習慣にしてたのもわかるなー。
 いつか母さんやエミリも連れてきて入らせてあげないと」


そう言ってはんたは何気なく二人の姿を思い浮かべる。
母ニーナは、既に自分とエミリという二人の子を産んでおきながら
現在も優れたプロポーションを保っており、ジャンクヤードの看板修理女将として
名を馳せている。エミリもまた母ニーナの血を受け継ぎ、まだ可愛いという
形容詞が合うにしろ美しい顔立ちを備えている。
そんな美人の二人が、一糸纏わぬ姿で湯に身をゆだねている光景を想像したはんたの股間は、
「……勃っちゃった」
見事な記念碑を建てていた。
「ああああ何考えてるんだ僕は! よりにもよって肉親でこんなエッチなことを!
 死ね! 死んで世間様にお詫びしろ!」
頭を抱えてブンブン振るはんた。酸欠になったところでようやく落ち着く。
股間以外は。
「くそっ、一度こうなっちゃうとなかなか治まらないからな……」
股間を見ながら、ふとはんたは思いつきで腰を浮かせて股間のものを水面から出してみる。
にゅっと頭を覗かせる涙の七ミリ機関砲。
「うーん、グロテスク。ある意味下手な賞金首より変な外見だよなあ」


はんたはこほんと息を一つつき、低い声で喋りだした。


「グハハハハ、私はヤマタノオロチの生みの親、センタンダケフタマタオロチじゃー」
台詞にあわせて股間に力をいれ、器用に前後運動をさせ臨場感を演出する。
「私の可愛いヤマタノオロチを倒したハンターをここに連れて来い。
 さもなくばふたたびトリカミの人間たちを喰ろうてくれるわー」
トリカミといえば黒い髪の毛が印象的のカエデさんを思い出す。
正に生贄にふさわしい美人だった。
「アア、ハンタサマ。タスケテクダサイマシ」
裏声で演技をするはんた。全く似ないが、こういうのは雰囲気が重要だと自分に言い聞かせる。
「止めないで下さいカエデさん。男には、いやハンターには戦わなくてはならない時があるのです」
「アアセッショウデスワ。セメテ、ワタクシニヒトナツノオモイデヲクダサイマセ」
「僕でいいんですかカエデさん……」
「ハンタサマダカラコソササゲタイノデス……」
カエデの裸身を想像して、大人しくなりつつあった股間が再びいきり立つ。


「ああ、とっても綺麗だカエデさん。青磁の壷のようにこのすべすべの肌は
 まさに失われた東洋の神秘を再現して僕の探求魂は燃え盛る炎となりて」
「マスター、少々よろしいでしょうか」
「今正に玉の肌あああある、あアルあるアるアル」
「戦車装備店店員さんの物真似ですか?」
「あああある、あるふぁさん、いつからそちらに?」
「つい今ですが、何か不都合でも」
慌てて腰を引っ込め股間を隠すはんたに、ガラス戸から首だけひょっこり出したアルファは続ける。
「BSコントローラー内のハンター協会に送付する区分データのチェック、及び
 修正を完了致しましたのでご報告に上がりました」
「あ、ああ、うん、そう言えば頼んでいたんだっけね。ご苦労様、アルファ」
「お役に立てて何よりです」
見られたか? 見られたのか? 混乱するはんたは早口でアルファに捲くし立てる。
「ああそういえば長時間の入浴はいけないんだっけ。はははつい気持ちよくって
 長くいすぎちゃったよ。やっぱりそろそろ出る時間だよねそれもついでに
 知らせに来てくれたんだよねやっぱりアルファは優秀だようん」
「時間はまだ大丈夫です、マスター」
「……ああ、そう」
じゃあ入浴が終わってからの報告でもいいじゃないか、と心の中ではんたは毒づいた。


「時間はまだありますので、もしよろしければ」
「……よろしければ?」
「マスターの慰安のお手伝いができれば、と」
ガラリ、とガラス戸を開けて入ってきたアルファを見て、はんたは思わず自分の目を疑った。
その姿はふだんのふわふわした服ではなく、バスタオルを一枚巻いただけのあらわな格好だったからだ
「あ、アルファ!?」
「お背中をお流し致しますので、湯船から出てください、マスター」
「いやあのちょっと男の事情というか生存本能というかプライドみたいなものが邪魔をしましてですね」
「仰る意味が理解できません。マスターの精神への早急な看護が必要と判断、
 強制的に慰安行動へシフトします」
言うが早いかアルファははんたの脇に手を差し入れ、一気に持ち上げる。
そのまま鏡面台の前まで運び、はんたを椅子に座らせた。
「……すごい力持ちだよね、アルファさん」
「恐れ入ります」


アルファは備え付けのタオルになにやらドロッとした液体を染み込ませ、
こすり合わせて泡立たせる。その光景を鏡越しに見ていたはんたは
男の悲しいサガに従い、決して小さくない上にバスタオルによって圧迫され
よりボリューム感を増すアルファの胸に目を向かせる。
(うわあ……)
思わず股間がびくりと反応をしてしまう。
(バニー姿の時に何とはなしに分かっていたけど、改めて見ると
 結構すごいよな、アルファの胸……)
「それでは、失礼致します」
両膝で立った体制のアルファが、はんたの背中を泡立ったタオルで撫で上げる。
「あー、ちょっとくすぐったいなあ。もうちょっと強くしてもいいよ、アルファ」
「了解しました、マスター」
「んー、そうそう、それくらいで」
ちょうどよい強さで背中を刺激するタオルの心地よさに、はんたはしばし身を預ける。
段々と煩悩も薄れていき、アルファの奉仕をする音だけが空間を埋めていく。


「マスター、お背中の洗浄を完了しました」
「ありがとうアルファ、気持ちよかったよ」
「それでは──」
「うん、あとは泡を流して……」
「前の洗浄に移行します」
「前!?」
言うが早いか、はんたを羽交い絞めにしたアルファは、そのままタオルを胸に滑らせる。
二つの[名称:未遭遇 種類:とても柔らかい]を背中に押し当てられたはんたの思考回路は
ショート寸前まで熱くなった。
「ち、ちょ、ちょっ! アルファさん、タンマタンマ!」
がっしとアルファの腕を掴み、はんたはアルファを止めた。
「マスター、何か問題でも」
「問題というか、別にそこまでしなくてもいいから! 普通でいいってば!」
アルファは、全身の動きを止めた。


「……アルファ?」
「……私は」
「…………?」
「私は、普通の少女足りえませんか?」
はんたに腕を回したまま、アルファは問いかける。


「マスターは私の開発者が残したメモを見た時、なんと仰ったか憶えていますか?」
「……『人型大賛成』」
「そのメモではありません。私が未完成であることを憂いていた開発者のメモです」
「……ああ、そっちか」
股間を蹂躙したアルファの柔らかい感触がどうしても頭から離れないが、
それでもはんたは一生懸命に記憶の扉をこじ開けていく。
「あの時はアルファの戦闘能力に驚いてたばかりの頃で、正直アルファの事が少し怖かった。
 アルファは何のために作られたのか、何が目的で僕と行動を共にすると言ったのか、
 全く分からなかったから」
「…………」
「でも開発者のメモには、『戦闘状況にならなければ、彼女はただの少女』って書かれていた。
 それを見て、とても安心したんだ。この子は、アルファは ただ破壊のために作られた
 兵器じゃないって分かったから。だから、僕は……」
「…………」
「『普通の少女にしてあげる』って言ったんだ」
「……はい」
アルファが安心した表情をしたように見えたのは、はんたの気のせいだろうか。
「開発者、そしてマスターの両者からの要望であったため、『普通の少女』に
 なる事は私の最優先行動順位になりました。しかし、私のデータベース、
 及びティアマット内コンピュータにも『普通の少女』の記録は発見できませんでした。
 やむを得ず私は、マスターの身近な女性からリサーチを行いました」
「……結果は?」
「結論は出ませんでした。マスターの周りの女性たちは、みな自分なりの姿勢を持って
 マスターと接触していました。しかし私は、彼女たちのような姿勢を持ち得ません。
 私はマスターに従うのが役目です。姿勢を持つという事は、従うことと相反しているのです」
「……アルファ」


はんたは軽く言った自分の言動を後悔していた。
まさかアルファがそこまで悩んでいたとは思いもしなかったからだ。
お陰で、アルファの行動の理由もなんとなく理解した。
「……それで、普通の少女から一歩広げた、『女』としての行動をしたんだね」
「はい」
複雑な表情を浮かべるはんたを見て、アルファは問いただす。
「私は、普通の少女にはなれないのでしょうか?」



少し考えて、はんたは決意の表情で顔を上げ、答えた。
「アルファは、普通の少女にはなれないよ」



冷たい表情を浮かべて、アルファは主人に向かってつぶやく。
「私では、開発者やマスターの期待に応える事は──」
「だってさ、アルファ」
アルファの言葉を遮り、はんたは微笑を浮かべて言う。
「扇風機を見てきれいですね、なんて言う人は世界広しと言えども、アルファくらいのものだよ」
「……しかし、扇風機を正面から見据えた場合の接地面、首、羽とそれを覆うカバー部分の
 体積比率と、それら全体に見られる曲線は機能面もさることながら
 決して威圧感を与えることのない美しいフォルムを湛えていると」
「冷蔵庫は?」
「白を基調にした清潔感のあるカラーリングが食料への安心感を喚起させ、また一見
 無骨ともいえる重厚なフォルムは重量の大きい本体に対する警戒を促しており」
「百葉箱」
「常に一定の条件を得るため、かつ複数の計器を一度に作用させるという
 二つの条件を一つの箱で満たす、大胆な発想とデザインは」
「バニーガール」
「……それはマスターの趣味では」
「柱時計」
「木製のケースが機械の冷たさを表に出さず暖かさを残し、時を正確に
 刻むためだけの荒々しい歯車を包みこみ、不快感を与えず人と共に存在するための
 工夫は画期的なアイデアであると認識され、また振り子の搭載により人に与えるイメージをより一層」


はんたは思いっきり笑った。笑い声が浴室に響きわたる。


「そんなにおかしいですか?」
「うん、おかしい。家電製品にそこまで愛着をもてる人をアルファ以外に僕は知らないよ」
「やはり、普通の少女ではないと?」
「どちらかと言うと変な少女だと思う」
「……変、ですか」
おそらく複雑な表情を浮かべたであろう目の前の変な少女を、はんたはそっと抱きしめる。
「でもね、アルファ。普通とか変とかはそんなに大切なことじゃないんだ」
「……それでは、何が重要なのでしょうか?」
「重要なのは」


はんたは、アルファにくちづけた。




「アルファは、僕の大切な少女だって事かな」




「……マスターの、大切な、少女」
「うん。それじゃ駄目かな?」
「……いえ、大変有り難い称号であると判断します」
「いや、称号ってほど大げさなものでもないんじゃないかなと」
「有難うございます、マスター」
ペコリ、と頭を下げるアルファ。


「私は、今後ともマスターのお役に立てるべく、最大限の努力を払います」
「そうは言っても、とっくにアルファのほうが僕より色々優秀だったりするけどね」
ははは、と笑うはんた。アルファの不安を取り除いたことが、自分の不安も取り除いていることに
気がついているだろうか。
「それじゃ、そろそろ出ようか。さすがに暑くなってきたよ」
「いけませんマスター。いきなり立ち上がっては──」


立ち上がった途端ふらりとよろめいたはんたは、体から力が抜ける感覚を味わいながら意識を失った。




「うーん、レイチェル、ミカ、ローズにシャーリィ、グレイ博士まで……
 ああっ、そんなところまさぐられると男の野生が目を覚まし」


ガッ


「っ!? な、なに? なにごと?」
「お目覚めですか、バトルジャンキー様」
はんたの視界に移るのは、最近見慣れた天井とこちらを見下ろすアルファの姿。
ズキズキする頭をさすりながらはんたは身を起こす。
「……なんか頭が痛い」
「貧血で倒れたので、その影響と考えられます」
「そのわりには内側からガンガン来るというより、外側が直接ジンジンするんだけど」
「マスターの思い過ごしであると認識しますが」
「……そうですか」


改めて回りを見渡すはんた。ティアマット艦内の自分の部屋だ。
いつのまに眠っていたんだろう、と自分の記憶を辿りだす。
「あれ、僕入浴をしていたんじゃなかったっけ?」
「長時間座っていた後、急に立ち上がったため貧血を起こされました。
 そのため、私がマスターをベッドに運びました」
「ああ、思い出してきた……ごめんアルファ、迷惑かけちゃったね」
「私の事は気にしないで下さい。それより、ご気分はいかがですか」
「うーん……ちょっと体がだるいのと、頭がジンジンする以外は大丈夫そう」
「何よりです。もうしばらくベッドで休息を取ることを推奨します」
「そうさせてもらうよ。……ところでアルファ、なにか飲み物貰えるかな」
「かしこまりました、マスター」


ふわふわと移動するアルファを見送りながら、はんたは記憶をさらに辿る。
(えーと、なにかとっても大事なやり取りがあったはずなんだけどなあ。
 アルファに関すること? でも僕にとっても重要だったような……。
 うーん、思い出せない。まあアルファに聞けばわかるかな)
貧血前後の記憶が浮かんでこず、四苦八苦するはんた。
しかし頭の倦怠感に負け、あっさり努力を放棄してベッドに横になる。
しばらく待つはんたの元に、トマトジュースをお盆に携えたアルファがやってきた。
「お待たせしましたマスター。混じりっ気無し100%の殺人トマト絞りです」
「ありがとうアルファ。ところで、その服は……?」
アルファが着ているのは普段の服ではなく、オレンジが基調の胸元を強調するデザインの
ウェイトレスの服だ。はんたが以前にプレゼントしたものだったが、余計な装飾が多いとの理由で
ほとんど袖を通したことのない衣装だったのだが。
「せっかくマスターがプレゼントをして下さったのですから、飾っておくだけというのも
 非効率と判断しました。この状況下でこの衣装はおかしいでしょうか?」
「いや……とても似合ってるよアルファ」
「恐れ入ります」


トマトジュースを受け取ったはんたは、衣装に強調されたアルファの胸を肴に
喉を潤す。適度な酸味が疲れた脳に染み渡っていった。
意識がはっきりしてきたはんたは、本日最大の失言をアルファに放つ。


「ところでアルファ、僕浴室でアルファに何か言ったかな?」
「……マスター、覚えていないのですか?」
「うん、どうも貧血のせいでそこらへんの記憶が飛んじゃってて」
「…………」
「なんかこう、大切なことを言ったような気はするんだ」
「…………」
「アルファに対して言ったようで、自分に対するけじめでもあったような……ってアルファ?」
「……いえ、了解しました。覚えて、いないのですね」
「は、はい」
急に温度が数度下がったような錯覚を覚えるはんた。冷気の源は目の前の少女だ。
気のせいか手に握られたお盆がミシミシ音を立てているように聞こえる。


「安心してくださいマスター。こんなことも有ろうかと、私のメモリーユニットに
 最大限の保護をかけて内容を保存しています。お聞きになりますか?」
「さすがアルファ。よろしく頼むよ」
「了解です。では」
さっきの冷気は気のせいだろうと、安心したはんたに
「『グハハハハ、私はヤマタノオロチの生みの親、センタンダケフタマタオロチじゃー』」
「うわあああああああああああ!!」
人生でも五本の指に入るであろう恥の記憶が襲い掛かった。
「聞いてたの!? というかなんでそんなのを記録していますか!?」
「『私の可愛いヤマタノオロチを倒したハンターをここに連れて来い。
 さもなくばふたたびトリカミの人間たちを喰ろうてくれるわー』」
「ストップアルファさん! 人は未来を目指して生きる生物なの!
 過去の事とかマジいらないですから!」
「『アア、ハンタサマ。タスケテクダサイマシ』
 この裏声による迫真の下手演技を当のカエデ様が聞いた場合、どのように思われるのでしょうね」
「やめてやめてー!!」


その後アルファの丁寧極まる感想を交えながら、約一時間に渡り
はんたのトラウマ構築演説が繰り広げられたという。