メタルサーガSS かの足は大地を踏まず

ネタなしエロなしバトルなし。
アルファが二行しか喋らない、でも分類はアルファSS。


「それでは失礼します、マスター」
「お休みアルファ。いい夢を」
プシュ、と音がして蓋が閉じていく。
アルファを初めて見たあのカプセルの中で、初めて見た時と同じ姿勢でアルファは眠りについた。
別に封印したりするわけではない。というか僕がそんな事をするはずがない。
できる事なら今日だってずっと一緒にいたいくらいだ。というか明日も明後日も明明後日も。
しかし人間にだって休憩や療養が必要なように、彼女にもメンテナンスが必要なのだ。
そのための装置がこのカプセルという事らしい。人間でいうなら揺りかごみたいなもの、
と言えば彼女は怒るかもしれない。私は赤子ではありません、って。
もちろんアルファが怒るなんてことはないだろうけど、死ぬまでに一度は
アルファのそういうところを見てみたい。もちろん怒るところだけじゃなくて、
喜怒哀楽それ以外も全部見たい。そう思うのは僕のわがままなだろうか。


そんな僕の悩みをよそに、件の彼女は揺りかごの中であどけない寝顔を見せていた。



『かの足は大地を踏まず』



「……しかし、まいったなあ」
メンテナンスに入る前に、アルファが作ってくれたコーヒーと朝ごはんを食べ終わると一気に暇になった。
少し前なら、暇があるなら戦車を駆って生活費を稼いでいたもんだけど、
はっきり言って金銭面では、もう一生不自由することはないだろう。
父さんみたいになりたくて、ただひたすらに明日へ明日へとつなぐ毎日を送っていた僕は、
気がつけば一帯の賞金首を粗方一掃し大量の賞金と名誉を手に入れていた。
今では最強に最も近い男なんて言われたりするくらいだ。
とは言え、大方にはバトルジャンキーなんて呼ばれ方をされているのが気にくわない。
『失敬な、戦うのが好きなんじゃなくて標的に向かって撃つのが好きなだけだ!』と以前
主張した事もあるが、『大して変わらねぇ』とキリヤに言われて以来反論はあきらめた。
『キリヤ、マスターはバトルジャンキーではありません』とアルファは僕の肩を持ってくれたが、
そうだアルファ、もっと言ってやれという僕の言葉を受け、『キリヤの指示がなければ常に
ドリルクロウを身につけ、戦車のSEにフルチューンされたドリルアタッカーを
限界まで搭載するマスターへの呼称は、ドリルジャンキーが適切と思われます』
という発言に、キリヤは大爆笑し僕はこけた。
懐かしい。世界を共に救った仲間は今何をしているだろうか。
「と、いかんいかん。まだ若いのになにを想い出にひたっているんだか。
あーアルファまだ終わらないかなー。ちょっと見てみるかな」
などと言いながらアルファの様子を見に来たが、もちろんまだ終わってなんかいない。
ある程度間隔を置きながら様子を見ようと思って、気づいたら30分の間に7回自室とカプセルを
往復したところで、さすがに子供じゃないんだから落ち着けと自分に言い聞かせた。
初めてジャンク山に登る前の日の夜みたいじゃないか、これじゃ。


部屋のベッドに腰をかけて、周りをボーっと見回しながらどうやって落ち着こうか考えていると、
ふと普段目に入っても意識から外されている棚が目にとびこんできた。
僕の部屋は元々、アルファを開発した人達が使っていた寝室をそのまま流用しているので、
彼らの使っていたものはそのまま残っている。
棚の中にはなにやらいろいろ書かれ束ねられた紙が収まっているが、そういえばこれに
目を通した事はなかった。ベッドの上に置かれていたメモくらいなら見たが。
「『戦闘状況にならなければ、彼女は普通の少女』……だったっけ。
実際は、ヘンテコリンここに極まれり、だよなあ」
世界広しと言えども、扇風機をきれいと言ってのけるのは多分アルファくらいのものだ。
だからアルファ自身は全く気づいてないけど、普通かどうかはともかくとして
彼女は既に自分自身の価値観でものを言える、ただの一人の少女なのだ……と僕は思う。
「開発者も……、アルファの親も多分、同じようなことを考えて
アルファを作ったんだろうか、やっぱり。そうすると、これって実は
娘の成長秘話みたいなのが書かれているのかな?」
そう思って、僕は棚の中の『アルファX開発記録』と銘打たれた紙の束を手に取った。



「珍しいじゃねえか、お前の方から遊びにくるなんて」
嫌になるくらい青い空の下、専ら移動用に使っているバギーのドッグシステムを起動させ、
ニューフォークの神業修理屋の元に着いたのが五分前。
タミオさんやタミコさん、ミカへの挨拶もそこそこにキリヤの部屋へ移動した僕を、部屋の主人が迎えた。
「アルファは一緒じゃないのか? てっきり新婚ラブラブ夫婦の仲でも
見せつけに来るのかと思ってたんだが」
「うん、アルファはちょっとメンテナンスで今日はお休みでさ」
「それで寂しくなって、わざわざ野郎の顔を見に来たってか。
ローズのお嬢んとこなりカエデさんとこなり行けばいいだろうに。
ああ、でもそれでアルファが『ウワキワシケイ、ウワキワシケイ』とか言いながら
暴れたりしたら命がいくつあっても足りないか」
「ははは……そうだね」
「ま、お前にゃ浮気できる甲斐性なんてないだろうけどな。あー、そんでだ」
キリヤがちょっとだけ真面目な表情になって言う。
「なんかあったのか?」
……普通に会話しているつもりだったけど、あっさりと気が沈んでいることを見破られた。
「えーと……わかる?」
「お前な。どんだけの間一緒に旅をしてきたと思ってるんだよ」
その通りだ。だからこそ、僕はキリヤの元に来たのかもしれない。
「うん、そっか、そうだね。結構長かったかな?」
「長かったな。お子さまのお守りってのは疲れることがよくわかった」
「ははは、ひどいなキリヤ」
「でもな、悪いことばかりでもなかったぜ」
「どんな?」
僕の隣に立って、頭をぽんぽん叩くキリヤ。
「戦友の、辛いのを我慢している顔くらいはわかるようになったからな」


僕は一緒に旅をした仲間がキリヤであった事を、改めて感謝した。



「『アルファX開発記録』?」
それを受け取ったキリヤは、パラパラと捲りながら目で追っていく。
結構分厚いので、全部読むのはなかなかに骨だ。
これはその名の通り、アルファを作った人達、つまりアルファの親が残した
アルファに関する全てだ。
はっきり言って、書いてある事の8割近くが理解できなかった。
つまり設計に関する数値だとか材質だとか、大破壊以前の知識がないと
全く分からないであろうことが8割だ。これは別にいい。
問題はそれ以外の2割、アルファそのものに関する記述だ。
必死に読み進めた僕は、ある事に気づいた。
そこに書かれていたことは、『人型兵器・アルファ』への記述だけだ。
そう、兵器としてのアルファだけが。
どういう目的でどういう武装を持ってどういう思考で動いてどういう方法で破壊して……。
開発記録から読み取れることはただ一点。彼らは親なんかじゃなかい。
開発者として、ただアルファを兵器へと作り上げただけでしかないという事だ。
人の形をしていても、人と言葉を交わしても、彼女にとってそれは意味のないことでしかない。
結局彼女は、破壊と殺戮のためだけに創られた存在なのだから。
僕が彼女を人間として扱おうとしていた事は……途方もない的外れだったと言う他ない。
そして何より、それでは……それでは、アルファが


全体をざっと見たところで切り上げたキリヤが呟く。
「……なるほどな」
ちょっと考えてから、キリヤは口を動かした。
「アルファの開発者たち……つまりアルファの親は、別に人として、娘としてアルファを
作ったわけではない。俺たちが見ている『アルファ』は、親の望まないアルファを
勝手に見ている、ってところか」
「……うん」
「まあ何というか、お前らしい悩みだな」
「……そうかな?」
僕らしい、とはどういうことだろう。
「別に誰が望んでようが望んでなかろうが、今のお前が今のアルファを望んでいる。
それだけで十分だろ」
「僕はそれでいいよ。でもそれじゃあ、兵器として生まれたのに
人として暮らさなきゃならないアルファが」
じっとキリヤの目を見る。
「アルファが可哀想だ」
キリヤは溜息をついて、やっぱお前らしい悩みだとこぼした。



「ところで、人間ってどこから動かなくなるか知ってるか?」
「え? ……なに、突然?」
「いいから答えろ。人間の体で一番ダメージが大きいのはどこだ」
「ええと、脚……かな?」
「そう、ここだ」
キリヤがペシペシ脚を叩きながら言う。
「何十年も人様の重い体重を、寝てるとき以外はずーっと支え続けるもんだから、
年を取るとまずここが動かなくなる。ダメージが最も蓄積されるわけだ」
「……うん」
キリヤは何が言いたいんだろう。
「さて、だ。じゃあ俺たち人間よりもっと体重が重いアルファはどうなる?」
「そりゃやっぱり、僕達よりももっと脚に負担が」
言いかけて気づいた。
「そう、浮いてるな。アルファは」
キリヤがにやりとしながら答える。


「じゃあ何故開発者はアルファを浮かせたんだ?」
「ええと、確か反重力機構の採用により、近接戦闘面での火力の上昇、及び奇襲、撹乱などの
作戦における効率が飛躍的に上昇し」
「誰が記録の文面をそのまま言えっつったよ」
キリヤが苦い顔をして僕を止めた。
「見るべき所はそこじゃなくてな、なんで浮いて移動する兵器に脚を付けたのか、って所だ」
「脚……なんでだろう?」
「んな悩むほどのもんじゃねえよ」
頭を掻きながらキリヤは言った。
「自分の娘に脚がついてなかったら、可哀想だと思うだろ普通?」
娘……なんだろうか?
「で、作った連中も人型だから、脚を作れば脚に負担がかかるって事も知ってたんだ。
だから浮かせたんだよ。可愛い娘の脚を傷めたくないからって、ただそれだけの理由で」
「じゃあ、兵器として強くなったのは」
「結果的に、だろうな」
キリヤは笑って答えた。
「どっちかと言うと、過ぎたくらいの親バカだと俺は思うぜ?」
悩みごと頭に風穴を開けられた気分になった。


「納得いったか?」
「うん……多分」
「なんだよ、頼りないな。お前がそんなんだとアルファの方が自分を見失っちまうぞ。
アルファのマスターはこの世にお前一人だけなんだからな。シャンとしろ」
「わかったよ、ありがとうキリヤ。もう大丈夫」
「そうそう、それでこそお前だ。やっとバトルジャンキーらしい顔になったな」
「どんな顔だよ、それ」
「まず無駄に自信たっぷりでな」
「そりゃ自分の事じゃないか」
「お、言いやがったなこのやろう」
気づけば、あとはいつもの馬鹿話だった。


タミオさん達に別れを告げ、再びバギーを走らせティアマットに戻る。
空はすっかり茜色に染まっていた。到着するころには真っ暗になっているだろう。
キリヤと交わした会話の内容を思い返す。
アルファは兵器として生まれた。でも、同時に彼らの娘でもあった。
愛されて、望まれて生まれてきたのだ。そう信じる事ができる、それが嬉しかった。
ふと分かれ際にキリヤが言った事を思い出す。
『アルファはいつでも浮いてるからな、放っといたらどこかに流されちまうかもしれない。
だからお前が代わりに地面を踏んで、しっかり支えてやれ』
それが、僕のマスターとしての役割なんだろう。
なら今は精一杯、その役目を果たそうと思う。
好きになった、一人の少女のために。


ティアマットに帰ってきた僕は、セキュリティシステムを切ってからカプセルの中で眠る
アルファの元に向かった。アルファはまだ眠っていたが、カプセルの表示パネルには
00:08:00の文字が出ている。あと8分で終了するらしい。
8分か……ただ待っているのもなんだし、どうしようかとすこし考えて、
やっぱり起き抜けにはアレだろうと思い台所へ向かった。


熱いカップを両手に持ちながら再びカプセルのある部屋に行くと、ちょうどカプセルの
蓋が開いた所だった。
僕が近づいても反応がない。覗いてみると、アルファは目を閉じて横になっていた。
まだ起動の途中なんだろう。
カプセルの脇に腰をかけて、ゆっくり彼女が目覚めるのを待つ。
久しぶりに見るような気がするアルファの顔を眺めて、幸せな気分に浸っていた。


少しするとアルファが目を開けた。その顔をスーッとこちらへ向ける。
「おはようございます、マスター」
寝転がりながらこっちを見上げて挨拶するアルファに、コーヒーを差し出しながら僕は言った。
「おはようアルファ。揺りかごの寝心地はどうだった?」